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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)1332号 判決

上告人

福山通運株式会社

代理人

河合伸一

河合徹子

被上告人

中沢暁

代理人

出宮靖二郎

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人河合伸一、同河合徹子の上告理由について。

原判決(その訂正・引用する第一審判決を含む。以下同じ。)は、中沢商事の商号で金融業を営む被上告人の被用者である森本長蔵が上告人から本件物件の売買の手付金および代金内金名義で合計金一〇〇〇万円を詐取した行為は、外形からみて被上告人の事業の範囲内に属するものと認められる旨を判示しながら、他方、原判決の確定した事実、とくに、本件売買の衝にあたつた上告人代表者渋谷昇および同営業部長高橋至においては、売買契約書、領収証における売主の表示によつても森本の代理資格や売買の権限の有無について疑問を抱くべきであるのにこれを看過し、同人が被上告人の支配人である旨の不動産業者である仲介人らの紹介の言葉のみを信用して、これが真実かどうかの調査をせず、また、登記簿について調査をすれば、本件物件につき、その前所有者から被上告人名義の所有権取得登記の抹消登記手続を求める訴が提起されその旨の予告登記がされていて、所有権の帰属が争われている事実を知ることができたのに、その調査もせず、さらに本件物件の売値が当初の二五〇〇万円から僅かの交渉期間内に一七〇〇万円に減額されたという通常予期しがたい経過にも疑問を抱かないで、森本の代理資格や売買の意思の有無等につき被上告人に問い合わせをすることなく本件売買契約を締結し、一〇〇〇万円もの多額の金員を森本に交付したことなどの事実に基づき、渋谷および高橋は、森本が本件売買契約を締結し、その手付金および代金内金を受領した行為が同人の職務権限内において適法に行なわれたものでないことを知らなかつたことについて重大な過失があるとして、上告人が民法七一五条に基づき被上告人に対し森本の右行為によつて被つた損害の賠償を求める本訴請求を全部排斥しているのである。

ところで、原判決も判示しているように、被用者のした取引行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながらまたは重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害について、その取引の相手方である被害者は、使用者に対してその賠償を請求することができないものと解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和三九年(オ)第一一〇三号同四二年一一月二日第一小法廷判決、民集二一巻九号二二七八頁参照)とするところであるが、このように、相手方の故意のみでなく重大な過失によつても使用者が損害賠償の責を免れるのは、公平の見地に照らし、被用者の行為の外形に対する相手方の信頼が、重大な過失に基づくときは、法律上保護に値いしないものと認められるためにほかならないから、ここにいう重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行なわれたものでない事情を知ることができたのに、そのことに出でず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もつて、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであつて、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方にまつたく保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解するのが相当である。

しかして、原判決の確定した事実関係によれば、上告人側の渋谷および高橋において、森本に本件物件の売買および代金受領等の権限があるものと信じたことは、通常なすべき注意を尽したものとはいえないとしても、原判決の掲げる前示のような事情はいずれも比較的軽度の不注意を裏付けうるにすぎないものであつて、これのみをもつてしては、上告人をまつたく保護するに値いしないほどに著しく注意が欠けていたものとすることはできず、いまだ重大な過失があるものと認めるには足りないものというべきである。したがつて、右事実関係のもとで直ちに上告人側の重大な過失を認めて、上告人の請求を排斥した原判決には、民法七一五条の解釈適用を誤り審理を尽さなかつた違法があるものといわなければならない。論旨は理由がある。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、原判決を破棄しさらに審理を尽させるため本件を原審に差し戻すこととして、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

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